借入の歴史を日本の金融史から解説

借入はれっきとした経済活動です。

 

経済は本当は中国の史書に出てくる経世済民という、正しい政治をもって民を救うという言葉です。お金のことにしたのは、福沢諭吉だと言われています。

 

お金がないところにお金を流して、経済活動によって、国を動かそうと明治維新以降考えられていました。

 

それまでは日本独自の借入、つけなどがあったのですが、日本にやってきた諸外国に脅かされないように、もっとシステムを整えようとしました。

 

ここで掲げられたのは、教育、運輸、そして金融という国の動きを司る機能です。

 

最初の利息制限法、借入の利息を決める法律は国会開設より前に出来ています。

 

無茶な条件で借り入れをしてしまい、困窮してしまう人が出てきたからです。

 

鹿鳴館外交と収賄で有名な井上馨という人物がいますが、実は多くの財界人や教育者を育てています。

 

同志社大学を作ろうというとき、資金繰りを手伝ったのは、この井上馨とその部下である渋沢栄一、国会を作った大隈重信らです。

 

近代的な素養を持つ人材と事業を生み出すことを急務としたのです。

 

皆様が借入の時に接する銀行は渋沢栄一が作った国立銀行の系譜を継いでいます。

 

日本の伝統として経済にある程度政治が関与するのは、この時の影響です。

 

借入のルールがアメリカなどより厳しいのは、機構を整えるために金融機関が生みだされたという背景からです。

 

その後、その銀行から借入をして民間の事業や財閥が形成されていくのです。